Mostly Indulging Times

人生なるようになるし、なるようにしかならない。

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日米ロボット対決

ロボット技術の発展って、すごいです。

最近、ちょっとすごいロボットを日本発、アメリカ発、一体ずつについて知ってしまったので、紹介します。

アメリカ:
http://www.youtube.com/watch?v=XrmrU7P-ysA&eurl=http://web.mit.edu/newsoffice/2008/nexi-0409.html

日本:
http://www.youtube.com/watch?v=bCK64zsZNNs


発表は日本の方が先だから、アメリカバージョンはそれに追随しようとしたんですね。
でも、個人的には、日本にはまだまだ追いついてないと思います。
不気味さで。


これ見てて、「不気味の谷」のお話とか思い出したんだけど、
(参照:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E6%B0%97%E5%91%B3%E3%81%AE%E8%B0%B7%E7%8F%BE%E8%B1%A1
http://en.wikipedia.org/wiki/Uncanny_valley

もしそうだったら、もしかして電気羊の夢を見るアンドロイド的世界に近づくために
踏まなくてはならない一歩なのかもしれないけど、
これの場合、そういう不気味さとはまた違う気がしてきた。

ただ単純に流行ってるだけなんですかね、こういうの。。。
社会情勢が不安定になるとホラー映画みたいなのが流行る、っていいますけど、
これも何か昨今の世の中を反映してるのでしょうか。。。



ちなみに、それぞれ何ができるかって言うと、別に大して何もできないらしいです。
現時点では。
日本のは、福祉とか介護とか言ってますけど、正直、深夜、病院とかで寝ててこんなのが現れたら、僕だったら泣き叫びます。

ただ、両ロボットを作った各研究団体とか資金提供団体の名誉のために言っておきますと、
多分デザインのセンスの問題で、開発しようとしている技術は相応に価値のあるものなんだと思います。

がんばれ、ロボット研究者たち。

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  1. 2008/05/01(木) 02:20:53|
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光と電気は同じものか、と言うことに関して。

この間、何かの折に、光と電気はどう違うのか、という質問をされた。
通信の話をしていた時だと思う。

光の正体はフォトン(光子)、電気はエレクトロン(電子)、と言って
しまえばそれまでなんだけど、喋ってて、実はこの問題はこんなに単純
ではないことに気づいた。



日本語では、暗い部屋を明るくするためにスイッチをONにすることを
「電気をつける」と表現する。そこで光るのは、「電球」。
これを英語で表現すると、"turn on the lights"、光るのは"light bulb"。
「つける」は"turn on"、「球」を仮に"bulb"とすると、「電気」="light"
と言うことになる。
だから、光(light)=電気(electricity)。。。??

人生生きてて、初めて気づいた。ショックというか、感動というか。

日本人はプロセスを重視するのに対して欧米人は結果を気にするから、
日本語では光を灯す手段である「電気」に言及して、英語では結果である
「光」に着目する。。。のかな。

そういえば、英語で「停電」は"power outage"とか"power failure"。
パワーと言えば、すなわち電気によるパワー(電力)。
つまり、それが電気であるのはあまりにも当たり前だから、わざわざ
言わないということなのでしょうか。
エネルギーがどんな手段、媒体で運ばれてくるか、なんて細かいことは
気にするな、パワーがあればいいのよ、それがなくなったら要するに
困るのよ、みたいなのりでしょうか。
そんなことだからいつまでたっても光通信が普及しないのでしょうか。


ちょっとこれのバリエーションで、テレビ(television=tele(遠くの)+vision(視覚))
のことを、中国語では電視(=電気を使って視る)っていうらしいですよ。



以上、いつだったかのちょっと発見。
その他の言語、表現ではどうなんでしょうね?
  1. 2008/04/22(火) 01:10:33|
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世の中もっと便利にしよう委員会:携帯編

どうしても必要な時に限ってなくなるものの例:携帯電話の電池

昨今、世の中は非常に便利になっておりまして、待ち合わせをするのにも
携帯電話がないとどうにもならない。
「困った」で済めば、まぁ、いいけど、仕事とか、大事な約束とか、
携帯が通じないほど困ることも少ない。


というわけで、そんな悩みを解消してくれる技術が、Witricity。
(というか、そういうのの中でとりわけ一時期、メディアの話題を呼んだもの)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0802/09/news009.html (日本語)
http://web.mit.edu/newsoffice/2007/wireless-0607.html (英語)
基本的に、共振とか利用して電気エネルギーを効率よく飛ばす技術。
ぶっちゃけていってしまえば、スイカ(JR東日本の、あれ)の長距離バージョン。
飛ばせる距離はそんなには長くないから、実用ということを考えるなら、
いろんな部屋とか空港のロビーとか(?)に基地局みたいなのを置いておいて、
登録された携帯電話に電気を送る、という感じになる。

ただ、そうすると、インフラの整備とか規格統一とか必要だし、エネルギー
を「盗まれ」ないようにいろいろ工夫が必要だし、現在の(かなり初期)
段階で転送効率は最大60%程度らしいし、というので、
この話を研究室でしていたときになぜかそこにいたVCの方とか、
「どうなんだろうね。」みたいな雰囲気だった。



でも、思うんだけど、こんな難しそう(=面倒くさそう)なことしなくても、
手動発電機を携帯電話に備え付ければよくない?

一時期話題を呼んだOLPCのXO(昔の「100ドルPC」)
http://ja.wikipedia.org/wiki/The_Children's_Machine
には、ひもを引っ張る式の発電機がついている。
電力供給が安定しない国・地域でも使えるように、ということである。

要するにこれを携帯電話につければよいのではないだろうか。
イメージ図:
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20060803/245145/thumb_200_ph1.jpg
電池がなくなりそうになったら、ひもをひっぱって充電。
すばらしい。
携帯電話各社、導入すべきだ。

ちなみに、相応に需要もあるらしい:
http://www.mobile-research.jp/investigation/research_date_071108.html

また、今後欲しいと思う充電器(複数回答)では、
「ソーラー充電式充電器」が35.3%でトップ。次いで「手動充電タイプ式
充電器」と「電池交換式充電器」が同率19%となっている。ソーラー式
や手動式は災害用としてニーズが高いようだ。




。。。とか思ってたら、もっとすごいものを発見してしまった。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0802/09/news009.html
徒歩発電。。。?
そういえば、床を踏んで発電、みたいな技術は東京駅でもお目見えしたらしいけど、
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080118AT1G1802F18012008.html
そういうのよりも効率いいのかな。(原文まだ読んでない。。。)

ていうか、変にひざが疲れたり、歩き方が変になったりしないのかな。。。
ただ、携帯を充電するためにこんなのをつけながら街を歩き回るのもどうかと思うし、
「携帯電話」っていうのは、メディア向けにキャッチーにするために言ってるだけだとは
思うけど。
それに、これも実用化するとなったら高そう。。。やっぱり軍事とか、そっち目的かな。。。



というわけで、ひもひっぱり式発電ケータイ、ぜひ実現してください。
誰か。

  1. 2008/02/10(日) 01:22:26|
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ポスターの作り方

先週は、もしかしたら初めてなくらい(!?)学会ポスターについて
まじめに考えながら今度のプチカンファレンス用のものを作っていた。

よく考えてみたら、ポスターはもしかしてプレゼンテーションよりも
難しいのかもしれない。

その理由:

1) 誰も教えてくれない。
プレゼンスキル講座、みたいなものは巷にごまんとあるけど、
ポスター製作講座というのは聞かないし、ネットで探してもみつからない。

2) ポスターは二次元。
パワーポイントなど、プレゼンテーションスライド、というのは、二次元の
スクリーンに投影したものを時間軸でめくっていく、三次元表現形式なのに
対して、ポスターは二次元。
つまり、少なくとも時間軸という3つ目の次元をむりやり2次元の中に
押し込まないといけない。

3) スタンド・アローンでなければいけない。
プレゼン資料は誰かがそれについてしゃべってくれることが前提なのに
対して(つまり、あくまでプレゼンテーションの補助的機能しか持っていない
のに対して)、ポスターは、製作者がそばにいないときでも自立的に意味を
なさないといけない。
プレゼンのスライドが、話者がいなくても言いたいことの全てを言っているのは、
非常によくないと思う。
大概、文字など情報量が多すぎる証拠だし、話者がしゃべる意味がないから。
でも、ポスターは、逆に話者がその場にいない場合が想定されうるので、
そんなときでも少なくとも最低限の研究内容と成果がよくわかるように
なっているべき。
でも、大抵、これは以下、4番目の事項と対立する。

4) 目を惹いて読みやすい必要がある。
一般的に、学会のポスターセッションを想像してみる。
広い会場に設置されたボードにポスターが横並びにずらーっと
並んでて、人がわらわら「面白そうな研究ないかなー」とか思いながら
ぶらぶらしてる。
配られる一覧表を丹念に予習して的を絞ってくる人もいるかもしれないし、
はじからはじまでひとつずつひたすら見ていく人もいるかもしれないし、
知り合いのポスターに茶々入れをしにきただけの人もいるかもしれないけど、
ざっくりどんな研究があるのか、最近はどんな結果が出てるのか、みたいな
ことを知るために訪れた人々、特にその中で自分の関連分野の人に
ポスターを見に来てもらいたい。
ていうか、見に来てくれないとせっかく作ったポスターの意味がない。
願わくば、そこで議論が発生して、知らなかったことを教えてもらって、
アイディアが発生して、その後の研究に役立てたい。
わざわざ時間をかけてポスター作って会場に足を運ぶんだし。

というわけで、ぱっと目を惹いてかつ読みやすい必要がある。
デザインセンスが問われる。
無駄にセンスのないポスターにして、なにあれ、という注目を浴びておいて
あとは研究内容で押す、という手もなくはないが、研究者自身の感性
を問われるとよろしくないので、お勧めはしない。

時々、見かけるのが、おそらく2,3ページ程度のペーパーをわりとそのまま
ポスターにしている例。
それって、よく考えてみたら、なんとなくざわついている会場で、
たったまま壁に向かってペーパーを読ませているようなものである。
それで二人、三人同時に読もうとした日には。。。

僕は個人的に、むしろパワーポイントの発表用スライドからはじめて、
各スライドを並べながら説明を書き加えていく方法が好きである。
はっきりいって、どっちにしても見に来た人にとって、どんな研究をやっていて
どんな成果が出ているのかの最低限の部分しか記憶に残らないだろう。
あとはその場に発表者がいれば聞けばよいし、いなければペーパーでも
検索すればよい。あるいは、作者にメールとか。このご時世だし。

細かいことを文字で書いても、そもそも誰も読まないし、仮に読まれたとしても、
似たような分野の人でよほど興味がないと記憶にも残らない。
記憶に残らせたいならそもそも図や表など、視覚的表現を使うべきだし。




と、こんなようなことをひたすら考えながらポスターデザインをしてたら、恐ろしく疲れた。
ぶっちゃけ、ポスター一枚にそんなに時間をかけてる場合でもないんですけど。。。。
  1. 2008/01/20(日) 11:11:06|
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つぼ

何の脈絡もなくて非常に申し訳ないんだけど、
↓こういうの、個人的にクリティカルヒット。

http://www.youtube.com/watch?v=FtRZ30bfacU&eurl=http%3A%2F%2Fwww%2Egizmodo%2Ejp%2F2%2Ehtml

  1. 2007/07/31(火) 15:32:47|
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