Mostly Indulging Times

人生なるようになるし、なるようにしかならない。

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blue moon

Blue moonって、知ってますか?

"Once in a blue moon"っていうと、「滅多にないこと」の意味。
そんな滅多にない日(晩)が、明日です。


とは言っても、月が青く見えたりするわけではなくて(ボストンはいい天気なので
確認してみてください。。。)、同じカレンダー月の中で、二回目の満月が
来るということ。
今月は1日が満月で、そして明日の晩、また満月。
もちろん、月の周期と現在の暦が一致していないから生じる現象です。


もともとは農家の人々が、1シーズンで4回満月が出るときの三つ目を
こう呼んでたんだけど、何かの拍子に、上に書いたような意味になってしまったんだって。


ただ、残念ながら、日本では満月になるのが(時差と日付変更線の関係で)
7月1日なので、いずれにしてもblue moonではないみたい。

。。。って別に残念でもなんでもないか。
  1. 2007/06/30(土) 13:37:44|
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世にも恐ろしい飲み物

こんなページに通りかかった↓
http://healthbolt.net/2006/12/08/what-happens-to-your-body-if-you-drink-a-coke-right-now/

なんか、最後に「お医者さんに確認しました」みたいな事が最後に書いて
あったりしてほんとっぽいところがちょっと怖い。

日本にいる時は滅多に飲まなかったけど、アメリカに来るとデフォルトに
近い飲み物ですからね。。。


ていうか、この間、大量に頭から浴びていたKさんはその後大丈夫
だったのでしょうか。

  1. 2006/12/27(水) 05:35:25|
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能力

今週の頭に、日本人の先輩の博士defenseを聞きに行った。
専門分野は全く違うけど、やってること自体はそんなに
遠い畑でもなかったから、何がやりたくて何をどうやって
成し遂げたのか、っていうようなことはなんとなくは
わかった。

理論を構築して、その有用性を数学的に証明して(長すぎる
と言う理由で証明自体は発表しなかったけど)、実験的に
データからもそれを実証して、さらにそれを応用して理論を
積み上げてシミュレーションをして。。。
っていう一連の流れに綺麗に沿って研究をして、そして
それを綺麗に発表してた。

色々な博士defenseを聞きに行くと、だいたい二種類の感想
があって、「あ、こんなもんで博士が取れるんだ。」という
ものと、「え、こんなにやらないと博士ってとれないの?」
というものだが、今回の発表は、明らかに後者だった。
質という意味でも、量という意味でも。
(まぁ、前者でも大体において発表に上手く現れない、
あるいはあまりにさらりと発表されて聞く側が目を凝らさないと
見えてこない困難があるものだが。。。)


で、それと関係があるようで微妙にないんだけど、最近
たまたま偶然こんな記事を発見した↓
http://inter-web.jp/archives/2006/12/post_18.html

日本の大学院生はアメリカの大学院生に
比べてずいぶん高級な理論を知っているが、
その知識が役立っていない


っていう部分とか、ちょっとうなずいてしまった。

特に自分が機械工学という現実に根ざした分野だからだろうか、
こちらに来て授業を受けたりして感じた大きな違いの一つ
はこの辺りにあったように思う。


そして、

本当の能力は具体的な現実にある問題を解く能力である。


この能力はこっちで博士を取得するのに最低限必要な条件
なのかもしれない、と先輩の発表を聴いていて、ふとそんな
事を思った。
  1. 2006/12/23(土) 16:47:44|
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腹も頭も八分目

気が付いてみればサンクスギビングも終わり、ダウンタウンも
キャンパスもクリスマス化粧、気温もいよいよ寒くなって、
いよいよボストンの冬到来。(今日は暖かかったけど。)

誰だかも言ってたけど、ちょっと前まで時期にしては暖かくて、
甘やかされていた分だけ、厳しい寒さが身に応える。

ダウンタウンに巨大クリスマスツリーが飾られるようになって
ショーウィンドウがクリスマスっぽくなると例年意味もなく
楽しげになるのだが、今年ばかりは流石に焦燥感にかられ、
むしろちょっとだけブルーになる。



僕は、アップダウンが非常に激しくて(躁鬱病という言葉を使って
変な誤解を生むと嫌なので。。。)、テンション高くてやる気満々
な時と、全く何もやる気がなくなる時がある程度の間隔で交互に訪れ、
ギャップが激しい。
実験が上手くいったからやる気がでるとか、やりたくない仕事が
あるからやる気がなくなる、って言う場合ももちろんあるけど、
時として理由もなく妙に実験する気になったり、逆に朝ラボに行って
全く何もやる気が起きなくて一日を無駄にするときがある。


で、最近ふと気付いたんだけど、こういう場合、やる気がない時は
あきらめて寝る(もしくは遊ぶ)ことも大事だけど、それ以上に、
乗ってる時にやりすぎず、抑える、ということが大切なのではないかと思う。
乗ってる時は勢いがあるし、またブレーキがかかる前にやれるだけやって
おかなければ、と思ってしまうのだけれど、それだと逆にすぐに
身体的にも精神的にもガス欠になってしまって、結局総仕事量は減る気がする。
(むしろそれがゆえに躁鬱状態を行ったりきたりするのかも。。。)



あまり関係ないけど、ベンチャー立ち上げを支援している会社の人
のお話をいつだったか聞いた時も、流れが自分に来ない時にいかに耐えて、
流れに乗っている時にいかに貯蓄するのが重要だ、とか言ってたような
気がする。
調子がいいからといってやりすぎてはいけないらしい。


体験した者は誰もが言うように、院生活はマラソンである。
そして、今、ちょうど中盤の心臓破りの坂を上っているところな気がする。
ペース配分ちゃんと考えて、何とか乗り切りたい。
  1. 2006/12/11(月) 15:24:16|
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品格

少し前にちょっと話題になったらしい、「国家の品格」を読んだ。
日本にいたらいまさら、な感じがしなくもないが、ここボストンでは
なかなか日本の本が手に入らないのである。
こんなに情報通信が発達して、飛行機を飛ばせば13時間かかる日本
の友人知人ともほぼリアルタイムでメールさえできる世の中でも、
こればかりはなかなか難しいらしい。
今回は、父親が6月の頭に来た時に手土産に持ってきてくれたのである。


そんな話はさておき、この本、結構すごい。なんかよくわからないけど、
読み始めたら結構とまらなかった。
僕としては、ノンフィクションでこれだけ一気に読んでしまった
本もめずらしい。
まぁ、200ページに満たない新書だから、そんなに読むのが大変な
わけでもないのだけれども。

さて、そんな本の内容を非常に主観的にかつ手早く説明すると。。。
まず、この本は論理を否定するところから始める。
論理がなぜよろしくないか、非常に論理的に書かれている。
(その根拠が正しいかどうかは、また別の話として。。。)
その上に、民主主義はおろか、自由までもが否定される。
現代においてこれらは論理によって構成された概念であり、
これらは非常によろしくない、と説く。
僕は、少なくとも自由と言うのは人間に根源的に内在する
潜在的欲求のようなものだと思っているのだが、まぁ、
それはさておき。

で、そんなことをひとしきり述べた後に、
論理を否定するわけではありません。
ということになる。
(まぁ、その手前でも、論理「だけ」ではよくない、という
ふうな書き方がされているのだけれど。)
それって、要するに、やりすぎ、偏りすぎはよくない、ってこと?
うん、まぁ、そりゃ世の中なんでもそうだよね、みたいな。

で、その後は武士道精神を中心に、日本がいかに素晴らしいか、
ということが述べられて、それに伴ってなぜ今の日本が廃れているのか、
が述べられて、
世の中を救えるのは日本しかない、
というところで終る。


。。。こんな書評書いたら、お前は何を読んでたんだ、
と怒られそうですね(笑)。
でも、あらすじとしてはだいたいそんな感じで、しかも、
(僕は歴史や経済に関してはかなり無知な部分があるので、
その辺は抜きにしても)全体を通して論理や根拠に??な
部分がたくさんあるように感じて、結構笑いながら読んでた。
普段、あまり斜に構えて本を読むくせはないのだけれども。。。
多分、その新鮮さが僕をひきつけ、一気に読ませたのだと思う。


とは言っても、結構いいことも言ってて、例えば、小学生に
英語を教えるよりも前に教えるべきことがあるはず、という
部分に関しては、あらためてなるほど、と思ったり。
(小学校での英語教育の是非はともかくとして。)
日本の作者が「情緒」や「形」と呼ぶモノが素晴らしいものである
ということ自体、否定するつもりもさらさらないし。
(日本が世界を救うかどうか、はこれまたともかくとして。
ていうか、それはまずないと思うけど。)


ようするに結論としては、論理もそうでない部分も重要なのは
当たり前なのだけれど、僕は、日本では論理的思考ができるような
教育をもっとしてもいいと思う。
もちろん、筆者が言っている情緒とかそういう部分を教育するのも
非常に重要だと思うけど、論理を脇に追いやってそういうことを
するほど論理は不必要では決してないし、そういうことをしていい程
日本人は論理的思考能力があるとは思わない。
(え、あ、はい、もちろん、自分自身も含めて。。。。日々努力なのです。)
  1. 2006/07/16(日) 15:22:28|
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